アイコン 2012 1.22 東京事変 『Hard Disk』『Golden Time』 LINER NOTES

 

深夜枠 ライナーノーツ

  2012年2月29日、東京事変は日本武道館のステージで7年半の活動にピリオドを打った。未だ瞼を閉じればあの日の五人の勇姿を鮮明に思い出すことが出来るし、追ってリリースされたライブDVD「Bon Voyage」の観賞に耽っているリスナーも大勢いるだろう。その時間が長かったか短かったかは人それぞれだと思うが、ともかく、雪の閏日から1年後となる2013年2月27日、『Hard Disk』、『Golden Time』という二つのタイトルがリリースされるという報せが舞い込んだ。
 まず『Hard Disk』は、結成から解散までにリリースしたアルバム全7作品と、CD未収録音源にシングルバージョンと、驚くことに未発表曲(!?)「BON VOYAGE」を収録した特典Disc『Recovery Disc』を加えたCD8枚組に加えて、さらに封入特典としてアートワーク写真集とやはり未発表音源「サービス顔見世篇」と秘蔵フォト「OB総会」をプリインストールしたUSBメモリーがセットとなったBOXだ。これによってリスナーは彼らが遺した全楽曲を、余す事無く一気にフォローすることが可能となる。
 一方『Golden Time』は、彼らのミュージック・クリップよりファンからの支持が高かった10曲を時系列順に収録。そこにラストアルバム『color bars』収録の「今夜はから騒ぎ」と、カップリングアルバム『深夜枠』収録の「ただならぬ関係」に、「閃光少女」の新バージョンをも加えた“ミュージック・クリップ・セレクション”といった趣向の一枚である。
 再三書いてきたが、東京事変というプロジェクトは椎名林檎にとって当初は学習機関としての意味合いを持ち、それはやがて実験室へと変わっていった。無論、男性メンバーにとっても、東京事変は音楽的にも人間的にも挑戦であり成長のステージに他ならなかった。ミュージシャンとして拮抗し、鎬を削ることで成立していた初期のサウンドが、メンバーチェンジを経て新たなユーモアとウィットを獲得し、遂には五人全員が各々の人間性を投入する極みにまで到達して、最後には全員にとっての“大切な場所”となった。この『Hard Disk』を一気に聴いてみると、その進化にあらためて唸らされる。
 また『Golden Time』からも、ある意味真っ直ぐでソリッドな人間性を持ったバンドマン集団が、やはりメンバーチェンジと映像作家・児玉裕一の合流以降、演技にダンスと何でもござれのエンターテインメントな音楽家集団へと変貌を遂げた様子が楽しめる。
 彼らは常に過剰で、全力で、前衛で在りながらメジャーリーガーだった。しかも(結成当初は最早9年前の2004年であるにも関わらず)現時点で音源・映像・アートワークのいずれも、未だまったく古びていない。かの「能動的三分間」の歌詞を借りれば、格付(ランキング)のイノチ短い刹那なシーンのなか、彼らの音楽(ミュージック)のキキメが如何に長いかを物語る事実だと言えよう。
 さて、昨年の「深夜枠」リリース時にも「ただならぬ関係」のミュージック・クリップが「解散したのに新撮か!?」と物議を醸したが、どうやら今回もただのダイジェストでは済まなかったようだ。『Hard Disk』内の『Recovery Disc』に収録の「BON VOYAGE」は、驚くなかれ、H是都Mがピアノを弾き、浮雲が作詞作曲とボーカルを手掛けた未発表曲である。第一期と第二期のメンバーの邂逅。そこで奏でられたのは、「Bon Voyage」ツアーで船出した彼らが、遠い彼方の洋上から港へ残した貴方(=リスナー)を想って語りかけるようなリリックの小品だった。あたかも7年半という歳月の後日譚を記したエアメイルのような郷愁溢れる歌声とスタンダード・マナーのピアノが、聴く者の心をやさしく揺らす。そして椎名編曲による未発表曲「サービス顔見世 篇」に乗せて開陳されるフォト「OB総会」は、椎名林檎、伊澤一葉、浮雲、亀田誠治、刄田綴色にH是都M、晝海幹音という全メンバーが一同に会した模様を収めたものだ。
 さらに『Golden Time』では、本作未収録のミュージック・クリップも含めた映像素材で再構成された「閃光少女」新バージョンに於いて、実に巧みな編集によって「OB総会」の映像が挿入されている。まったく、つくづく最後まで悔しいほど粋なアフターアワーズを演出する連中ではないか。
 “我々が死んだら電源を入れて 君の再生装置で蘇らせてくれ”。椎名は解散声明のなかでこう綴っていた。そのために用意されたこの二つのカタログで、彼女からの伝言は今まさに結実を迎えたのだ。
 ————果たしてソロデビュー15周年を迎えるこの2013年、椎名林檎は何らかのアクションを起こすのだろうか? 期待は日に日に募るばかりである。

(内田正樹)