|
こんにちは。
一月くらい前のこと、偶然読んでいた本の中に付録として、アルコール依存症スクリーニング・テストというものがあり「ほほう」と何気ない気持ちでやってみた。様々なお酒にまつわる問いに『ある』か『ない』で答え、『ある』『ない』に定められた点数の和で、どのくらいやばいかを判定するテスドである。
結果は
『きわめて問題が多い、重篤問題飲酒群』
「・・・きわめて問題が多い。か・・・。」
あんまし友好的な結果は期待していなかったからのけぞるほど驚きはしなかったが「やはり多いのか、おいら。」とひとりつぶやいてしまう。
うーん。しかし、普段多くても一週間に3〜4日くらいしか人に会うことが無いので、一般的な「せっかくですから」とか「軽くひっかけていきましょう」といったいわゆる『付き合い酒』とよばれるようなことがあんまりないにもかかわらず、毎日毎日せっせと自宅でノルマをこなしているとはいえ、きわめて問題が多い酒飲みと決めつけられては肺腑ちょっぴり穏やかざる心地である。
更に言うなら、昨年事務所で受けさせて頂いた健康診断でも『春の小熊のよーに健康である』と太鼓判を押されたにもかかわらず、である。(そんな太鼓判はない。が、そんなよーな結果でした)
んー、なんか納得いかねえ。
まあいいや、せっかく久しぶりなんだものこの話は止め。お終い。自分的にはそんなに暗くも無いのだが、半年くらいぶりに書く題材が『アルコール依存症』ってあんまり暗すぎるでしょう。
久しぶりで思い出したけれど、ほんとに久しぶりですね。どうもすいません。なんだかこれを書いて書いてって言われるほど、なんだか書くことがないというか、書く意気が萎えてしまうのです。そうです、おいらはプレッシャーに弱いのです。弱い弱い鰯のように弱いのです。鰯に失礼なくらい弱いのです。だのでゆるいてね。
さてさて、ごく控えめに開き直ったところで、綴ろうか。
最初に断っておくが、これはあくまで冒頭の文章とは関係のないものである。完全に関係のない話である。
『断酒』
最近僕は酒を飲むのをやめている。(繰り返すようだが冒頭の出来事とは関係ありません)まだたいした日にちではないが、一応一滴も飲んではいない。
これは僕にとって結構すごいことで、決してアルコールにもの凄く強い訳ではないが365日のうち360日は間違いなく飲んでいる。たとえ高い熱がでたとしても、体を温めるためとか称して飲んでしまうし、お金がなくてお酒を買えないときでも料理用に買っておいたワインや清酒をあさってのんだり、骨折の手術の入院中でも・・・・・・秘密。とにかく3日と開けずに飲み続けて来た人間なのである。ぜんぜん威張ることではないけれど、心体的に面倒くさいことが重なって全く食事を摂らなくなってしまったときでも、ビールだけは欠かすことがなかった。思えばあのときビールのカロリーだけで生きてたな。流石に7日目にぶっ倒れたけれど。とにかくおいらは、それはそれはお酒が大好き人間なのでここ最近の変わりように自分で自分に驚いている。
では、どうしてそんなおいらがお酒を飲まなくなったのか。
それは「何故お酒を飲むのか」ということを知りたいからである。
何故、飲むのか。
酒には様々な効果がある、よくも悪くも。例えば、楽しくなったり、嬉しくなったり、悲しくなってしまったり、元気になったり、辛いことを忘れさせてくれたり、大事なことに気付かせてくれたり思い出させてくれたり、勇気が出たり、眠くなったり、目が覚めたり、などなど百人十色、沢山の効果がある。そんでもって沢山の効果があるから、沢山の理由で飲む。いつものように飲む。久しぶりだから飲む。めでたいから飲む。かなしいので飲む。お茶の変わりに飲む。面倒臭いので飲む。なんかもう・・・飲む。更にこれはにオールマイティ、日本語の誇る究極の言葉、”せっかくですから”飲む。
とまあ、お酒の持つ様々な効果を求めて、様々な理由でヒトは酒をのむ。
しかし、世の中にはお酒の飲めない下戸というヒトもいるのを忘れてはならない。全く下戸ではないが飲まなくても良いという人も沢山いる。では、極端な話その方々はお酒を飲むヒトに比べ少し、楽しくなかったり、嬉しくなかったり、悲しくなかったりするのだろうか。
また、酒の様々な恩恵を受け、「酒は人生の師であり友人のような物だ」と語るヒトがいる。的を得た意見だと思う。おいらももちろん賛成だ。しかし、なくてはならない物のように口角泡飛ばすほど熱く語るほどの物ではない気がする。もし本当にそれが全ての真実であれば下戸の人は酒の分だけ師も友人も少ないということになる。当然飲める方が少しだけハッピーだということになる。果たしてそうだろうか?
答えはノーである。わざわざ例を挙げるまでもないが、僕の周りにだってたくさんのハッピーな下戸さん達は沢山いる。精一杯疑いの目で見てもやっぱりノーである。
『不許葷酒入山門 』という言葉を(・・・クンシュ山門ニ入ルヲ許サズです。大丈夫、おいらだって初めて見たときは、ふるゆるやからさけにゅう・・ってかんじだっだから)一度くらい聞いたことがあるかと思います。お寺好きなヒトなら知っているでしょうが、つまり匂いの強いニラ、ニンニクなどの野菜や、お酒を持ち込んではいけません。ってな言葉。つまりお釈迦様を師とする者はそーいった類いの物は煩悩を呼び起こし、行の妨げになるので持って来ちゃ駄目よ。って意味らしいです。
精をつける食べ物を遠ざけ、酒を断たなければ拓けないような道がどんだけ高尚なものかかどうかはおいらには解らないが、山門に入らずして酒を断ち幸せな、いや、幸せかどうかは今は重要ではないね、ヒトとして歩を進められるのであれば、それはとっても素晴らしいことだともおいらは思う。
少し話が大袈裟になりすぎて自分でも怯んで居りますが、はてさてお酒を飲むのが良いか、飲まない方がよろしいのかおいらには到底解りそうもない。というより解らなくて当たり前のような話だと思う。解らないからお坊さん達も遠ざけて来たのではないかしら。煙草のようにあからさまに「間違いなく毒です」というわけではないから余計にねぇ。
ただ始めから一つだけ解っていることはおいらが下戸さんではないということ。だからお酒を飲むのをやめてみている。何故飲むのだろうと飲んでいては解んないのは当たり前だから。
※ 何度も言うようだが冒頭の話とは全く縁もゆかりもない話だということをお忘れなく。断酒も一時的なものです。何も解んなかったとしてもそのうち飲むんじゃないかな?
ぐお・・・・
ぐおおお・・・つまんない。つまんない話しすぎる。
つまんない話に油を注いで火をつけるような発言しても良いですか?
「まだ、10日目なの」
ではでは。
|