29回目 小心者の苦悩。


 最近、又、立つようになった。
 2年前くらいまではどんなに疲れていても立ちっぱなしだったのに、ここ半年くらいは元気が無くなったというか、30になったせいか、習慣的に慣れてしまったというか、ずっと最後まで立ちっぱなしってことは無かったのに。
 最近は立っていることの方が完全に多い。
 ではなぜ立ちっぱなしかというと、ここのところ失敗が続いたから。
 「おいおいはたくん、失敗が続いたら立つようになるのか!?おじさんも立つようになるのか!?」
 と、殿方の方などは聞きたくなるでしょうが、これは下ねたでなくて、電車の話です。騙された?
 
 話を戻そう。それはどのような失敗か。と問われると、決してそれは失敗ではないかもしれない。あくまで電車の中での小心者的心理に過ぎないが、気にしてしまう人間は気にしてしまうのである。だって・・などなど、ぬかしているいま既に、小心者を露呈しているところがこの文章のちょびっと良いところ。(いい加減本題に入ってくれってか?)(←これも小心者的発言)
『お年寄りや体の不自由な方妊娠されている方には席を譲りましょう』
 まあ失敗だろうがそうで無かろうが、何が最近のおいらを立ちっぱなしにするのかというと、全てこの言葉のせいだ。言うなれば僕にとってのキラートークというべきか。あ、キラートークで思い出した『東京事変キラーチューン八月位に発売です。』これはセールストーク。まあいいや。
 実はおいら、席を譲って座って貰ったことが無い。うそだー?って思うかもしれないが、無い。一回くらいあるかも知れないけれど、無い。だから悔しいのでしょっちゅうわっちに譲る。彼は快く座ってくれるのだが、何故だかわっち以外の人だと座ってくれないのだ。「席をお譲り致しますよ」なんて言って。「ありがとさん。長生きはするもんじゃ」とか言われたこと無いのよ。オユズリってとこなんか舌噛みそうになってんのにこっちは。なのに「けっこうですぢゃ」とか言いやがんの。”ぢゃ”は作ったけれど。 
 「だからなんだってんだ?座ってくれないのなら、座ってりゃ良いじゃん。」とか言う人は小心者の小さな心をまるで解っていない。というより神経無いんじゃないの?とか思ってしまう。そーいう人間は多分、みんなでお母さんの似顔絵書きましょうっていうときに家政婦さんの似顔絵を平気で書いちゃうような奴だね。きっと。
 兎に角、譲って座って貰えなかった時の気持ちは、”小さき心を持つ者” 称して、小心者にしか解らないのである。
 
 例えばこんなことがあった。
 中央線の上りで三鷹から乗った時のこと。(路線、駅名が解らない人はGEMEINSCHAFT DIARYをご参照ください)電車は少し混んでいたがぎゅうぎゅうって程でもなく、吉祥寺で運良くか運悪くか丁度目の前の席が空いたのでそこに座った。すると西荻窪でおばあさんが一人乗ってきて、目の前に立った。
 まずそのときに小心者の僕が焦ったのは、そのおばあさんの姿が『いろいろなところが不詳』だったこと。わかるかなーこの感じ、わかんないだろーね、まあ説明もめんどくさいので簡単に言ったら『黄色くない美輪明宏さん』みたいな方。
 とにかくお年寄りには違いないので、当然こえをかけたのだが、
「ズグオリルノデダイジョーブデス」
 とのこと。
 頼んでもないのに、ときに、笑いの神様はこんな仕打ちをする。
 おいらの座っている一角、目立ち過ぎ。
 男か女かも、更にはどこのお国の人なのかもよく解らない風貌をした婆ーさんみたいなヒトを目の前に、僕は『ちゃんと席を譲ると宣言したんだ。日本語は通じただろうし僕が立ち上がったのを制してこのヒトは敢えて立っているのだ。決して不親切で常識の無い男ではないのだ』的オーラを発し、文庫本を読み耽った振りをした。大丈夫だ。直ぐに降りる。と確かに聞こえた。きっと一駅、西荻窪で降りてくれる筈だ。
 しかし当然そんなことで神様はお許し下さらないのであった。一駅、二駅と過ぎてもそのヒトは降りてはくれなかった。あくまで”フリ”には”ボケ”更には”オチ”というのが定石である。
脇やら尻やら額やら教科書通りの「汗った」を実演しながらとうとう中野に差しかかったとき、僕の隣の席が空いた。すると驚いたことに『フー』と、ため息を発し僕の隣にそのお年寄りらしきヒトが座ったではないか。
 「つーかまだ乗るんかい!!」
結局耐えきれずに僕は四谷まで行く筈を、新宿で降りた。そのヒトはまだ降りる気配がなかった。
 こんなこともあった。
 今度は老夫婦。
 電車を利用する割には高級純正品ジェントルマンとマダムといった感じの老夫婦で、当然お話的に席は僕の隣に一つしか空いていなかった。「よかったらどうぞ」と席を立とうとするおいらを「結構です」とジェントルが制して「お前ここに座りなさい」とマダムに言った。
『ったく、どいつもこいつも・・・・』
 案の定、又もおいらは文庫本モード。
 しばらくの間「ちがうんだ、おいらは悪くない。目の前の手品師みたいなじーさんが座らないって言ったから。席を譲るなんて考えた事もないような、その辺の馬鹿と一緒にしないでくれ」と心の中で訴えながら、目の前の文庫に目を走らせるフリをしていた。
 するとどうしたことか、となりのマダムが急にソワソワしだしたのである。
 気になってマダムのほうをみると、ちらりと目が合った。その瞬間マダムはさっと視線を外した。その目には、明らかに軽蔑と嫌悪感が含まれていた。
「おや?」と思い、斜め前のジェントルのほうを見上げると、何故か怖い顔でおいらを睨んでいるのである。
 「え、なに、なに?どーいうこと?」と思った刹那、もう耐えられないと言った様子で
「こちらに座って下さい!」
 とマダムがマダム的には叫んだと言ってもよい大きな声を上げ立ち上がった。
 おいらは恐れおののき、半分ちびりそうになりながらマダムの視線の先を見上げる。それはおいらの真正面。
 なんと目の前に臨月を迎えようかというお腹の大きなん妊婦さんが立っていた。
 これは参った。完全にアウト。だれか僕を殺しちゃってくれませんか?殺してくれないのなら勝手に死にます。とりあえず電車走ってて良いので、そこの扉を開けてくれませんか?
 僕はふらふらと立ち上がり、立ち上がった途端に気を失った。
 気を失ったのは嘘だが。お陰で最近の僕は立ちっぱなしなのである。怖いのです。比較的日常的な事柄なのに、油断しているときに限って訪れる。席譲りの苦悩が。
 お願いです。どなたか気の効いた席の譲り方を教えてはくれないでしょうか?





前へ 次へ