24回目 「みどりの日」(母の日)
 僕がまだ小学生の頃、母は花を育てるのが好きだった。
 小さな家の大きな(田舎だから土地だけは安いのよ)庭の花壇には、花壇というより畑といった方が良いが、いつも季節の花が沢山咲いていた。

 月に何回か、朝、小学校に花を持って行くのが僕の役目。
 母が朝切り取った花を片手に登校する。お花係の同級生に新聞紙に包まれた、小さな花束を渡す。担任の先生はいつも喜んでくれる。
 しかし、低学年の頃は誇らしげに思っていたのだが、だんだん大きくなり色気づいてきて高学年になる頃には、学校に花束を持って行くのが嫌になっていた。
 男の子が、しかも悪ガキって呼ばれるのを密かに心の中で自慢にしているような子供だったので、なんだか登校の道のりに花束を持った自分が妙に恥ずかしかった。
 みんなに見つからないよう教室の後ろの棚の上に、だまって置いておくようになった。たぶんクラスの奴らは知っていたのだろうけれど、黙ってくれていた。
 しかし、大人と言う人間は容赦ない、子供の事情というものが全く解っていない。「畑君今日もお花ありがとう。おかあさんによろしくね」とか皆の前で言う。僕は顔を赤くして「僕、花なんて知りません」とか、ばればれの嘘をつくはめになる。
 でも本当は、僕も教室にみどりの咲かせた花を見るのは、嫌いではなかった。花の匂いも好きだった。実際、甘いよい香りのする花は少ない。どちらかというと青臭いものの方が多い。(よーな気がする)でも何故か好きだった。古くなった花瓶の水のあの溝のような匂いも好きだった。

 僕の一番に好きだった花は『アイリス』その理由は酷く子供っぽくて、面白いというより下らないのだが。当時野球少年だった僕は巨人軍の原選手が大好きだった。その原選手が当時、テレビのCMで目薬の宣伝をしていた。その目薬の名前がアイリスだったから。 なんともおいららしくて、馬鹿らしい理由だなと思う。
 でもさ、どーでもいいけれど『オ○ナミンC』のCMにヨン様が出てるの見て、主婦たちが『オ○ナミンC』を飲む気になるのか!?と思うのは僕だけですか?ああ、ホントにどーでもいいね。

 母が好きな花は、『かすみ草』
 「草。って。しかも、なんか地味〜」という印象を僕はその花に持っていた。

 「かすみ草は主役の花を引き立てる、かすみ草がなければ、花束全体がなんとなく下品に見えたりするものなの。母さんは人の上に立つことはないかも知れないけれど、ひっそりと人の役に立てる人間になりたい。だからお母さんはこの花が大好きなの」

 いつだったかみどりは、何時ものように僕に花を持たせる時にこんなことを言っていた。
 知ってか知らずか、因に花言葉は『きよらかな恋・清い心・思えば思われる・深い思いやり』うん、なんとなくみどりの言っていることも的外れではないな。と今になって思う。

 この前の母の日、30本ちかくのかすみ草と数本の緑色のカーネーションを送ってやった。現在みどりは、人の上に立って仕事をしている。
「かすみ草も主役になるべきだ」
 事実30本のかすみ草は結構なボリュームで、なんか凄みがある。しかも美しかった。お花屋さんの店員さんも少し苦笑いしていたが、まんざらでもなかった様子。きっとこんな花束の組み合わせも初めてだったのだろう。

 2日遅れてしまったが島根に花が届いた夜、みどりから電話があった。
 「なんか、不吉」
 率直にそんな印象を受けたらしい。僕の心に闇が差したのかと、心配までしていた。
 「白いカーネーションは亡くなった母とかに送るもんじゃないの?」
 とかも言っていたが、「あれ、一応緑だよ」って言ってやったら、少し安心した様子。
  電話を切ったあと、30本のカーネーションを贈るより、粋だと思ったのにな。少し残念だが、子供って何げに親の良い言葉は、覚えているものなんだなとおもった。

 だから書いた。また書いちった。家族自慢。
 そろそろ父親自慢もしてやらねば、ふてくされるかな。
 ま、多分見てないから平気だろうけれど。

   ではでは。



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