15回目  『霊感』

 僕は、自慢ではないけれど霊感というものがある。と、思う。本当に。
 では、なぜ其の様な自信に満ちた台詞を吐けるかというかと、僕にはそれなりの体験がある。それはとても嫌な体験だった。本当は思い出したくはないし、他人に話す事も本当は嫌な事である。でも、本当のことを言うと、僕のように人生経験の希薄な人間にとっては、其れはかなりの”ネタ”になる。取り敢えず僕の周りの数少ないシタシイ人間に嬉しげに話した。しかし、まだこの様な公共な場所で話てはいない。あたりまえか。話してもよいだろうか?                

 まあ。勝手に話すけれど。稲川淳二(漢字合ってる?)様程出来た話ではないが。
 
 前回のコラムにちょこっとだけ書いた。一晩に五人の幽霊を見た。その事を話そうと思う。実際には四人だったのだが、それはおいおい話す。24才くらいの頃だった。ん?23か?まあいい。どっちでもたいした違いは無い。其の頃のおいらは今までの人生の中で一番無謀且つ無防備な時期だったのでその一晩の事は今でもよく覚えている。
  
 その夜、とても蒸し暑く寝苦しい夜だった。少しだけ開いた窓からは、汗で湿った体にぬるぬると絡みつくように生温い空気が流れていた。ノリでエアコンをドライに設定し運転させていたが、風口からは水が滴りとても心地の良い風とは呼べる代物ではなかった。部屋中に転がったビールの空き缶は嫌な匂を放ち、キッチンの古い冷蔵庫からは、四畳半DK的死を感じさせる宿命的な音が聞こえ、カーテンの隙間から部屋へと注ぐ街灯の灯りはチリチリと不吉な音をたて、細く流れるあの世を跨ぐ光の川の様だった。僕はその川に身投げするかの様に横たわって眠っていた。闇は無気味な音を立て、僕を取り巻く空気は生暖くそして湿っていた。そして、その間隙に奴らはやってきた。


・・・。ウソです。
 ごめんなさい。かっこよく演出して書いてみたけれど、ほとんどウソです。あ。幽霊は出てきたよ。マジで。ウソじゃないもん。彼女も見たもん。そう、僕だけではなくその頃付き合っていた彼女も見たの。いやぁーこあかったぁー。冗談抜きで。こっからは軽いトーンで話そうかと思う。あんまり暗いトーンで話している(書いて)いると寄ってくるといけないからね。
 自慢ではないけれど、昔から僕はよく金縛りに遭う。しょっちゅう遭う。週一くらいで遭う。なにかっちゃあ遭う。キャンプに行っても遭う。ツアーに行っても遭う。しまいにゃ友達の結婚式に招待されて泊まったホテルでさえ遭う。ご存じかもしれないが、(んなこたぁ知りたくもないかも知れないけれど)金縛りにはニつの種類がある。一つは、土曜日の午後、気持ち良く体も疲れ眠りに落ちはずだが何故か脳だけは覚醒している的な金縛り。なんじゃそりゃ。と思うかも知れないけれど、まあ、要するに体は疲れきって眠っている状態なのだが、脳味噌だか心だかは知らないが其れを拒み「おいらまだ寝たくないもんね」的な様なもの。まあ、あまり気持ちの良いものでは無いから、目をつむって脳味噌が体について行くのを待つか、「んんんがぁぁあーー」、と気合いを入れてベットから起き上がるという手もある。どちらにしてももう結構慣れてしまったのでどうってことは無い。しかし、二つ目の金縛りと言うのはもう訳が違う、何から何まで違う。マグロとイワシ、ビールと酎ハイ、カレーとハヤシライス位違う。・・。ん、例えになっていない。両方好きだ。でも本質は違う。と思う。そう、事の本質は恐怖を感じるか感じないかにつきる。僕は生きたマグロは恐い。ミサイルみたいだ。ぼくはビールが好きだがおなかが出るので恐い。カ レーも好きだが、辛いもの喰うと、次の日必ず下痢になる。
 
 その夜、・・。何度その夜って言葉を今日使ったかしら。まあ良い。恐い方の金縛りが僕を襲った。圧倒的な恐怖だ。僕は目を開けない様にタオルケットをかぶった。隣には彼女が眠っていた。いや、実際には眠ってはいなかった。彼女は体中の筋肉を思いきり引きつらせ、汗をかき、何かを僕に訴えていた。瞬時に其れを僕は理解した。『何かがこの部屋で起こっている』と。体が動かない。だが目だけは開くことが出来る。おいらも目をつむって”それ”が去るのを待ってしまいたかったが、そうする訳にはいかなかった。何故なら、彼女は既に”それ”を見てしまっていたからだ。僕には当たり前だがそれを感じ取ることが出来た。
かっこつけるつもりは無いが、何かが僕の心を打った。
 「だって男の子だけん!」そんだけ。
 そしてぼくは目を開けた。
 一人、二人、三人、四人。黒い人影が、何をするでもなく僕等の回りに立っていた。ただ立っていた。その人には(人?)悪意も無く、憎悪も感じなかった。ただ其所にいるだけだった。しかしここでぼくの”タフガイチケット”が尽きた。(タフガイチケットと言うのは敬愛するギタリストの言葉なのだが、勝手に使わせてもらっちった)ぼくは瞼を二重になるくらい閉じ、全ての感性をシャットアウトした。そう、そのときの第六感までも。
 僕は彼女の背中を抱き長い時間二人で震えていた。恐らく男と思われる、その人間が・・。人間じゃねえ!!もう、そいつらは間違いなく幽霊だ。どれだけの時間そいつらは僕の部屋にいたのか分からなかった。ただ立っていた。それは解った。もしかしたら10分程度だったかも知れないし、一時間だっだかも知れない。とにかくその間僕等は二人で震えていた。男達は殆ど身動きをしなかったと思う。目をつむっていてもそれは解った。もしかしたら首をひねったり、あくびをしていたかも知れないが、長い間立っていた。僕はその男達が次にどの様な行動に出るかが不安でしかたなかった。もっと昔のことだが僕は女の人と思われる幽霊に物凄いディープキスをされたことがある。(少し悪い気はしなかったが)足を思いきり引っ張りあげられ押し入れに引きずり込まれそうになったこともある。しかしその男達はなにもしなかった。
 
 それからもうしばらくして、ほぼ同時に僕と彼女の全身の筋肉が”ふっと”緩んだ。肩から足の先まで、彼女は深夜のスーパーに並んだくたびれたクレソンの様に。僕はその隣に並んだしなびたレタスの様に。その瞬間、男達は消えていた。僕は目を開けて辺を見回した。もうどこにも男達はいなかった。朝の鳥達が鳴いていた。早起きだ。彼女は既に静かに寝息を立てていた。
 
 次の日の朝僕等は一言も口をきかずにそれぞれの生活にむかった。時間が解決してくれる物事には限度がある。それにはまだ早すぎたのだ。
 ぼくが彼女に昨夜のことを話せたのはその日の夜、仕事の帰り車の中から携帯で訪ねた。
「昨日の夜、みたよね」と僕が話した。
「みたわよ」
「4人もいた」と僕が言った。
「何言ってるの、5人よ」と彼女が言った。
 背筋に冷たい汗が流れた。僕は車を左に寄せてスピードを落として停車した。何台かの車がクラクションを慣らした。
僕はため息をついた。ついでに小さい声で「きゃー」っていってみた。

 それが僕の最悪の夏の始まりだった。



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