14回目  

 只今中島美嘉姫のツアー中。10日ぶりに東京に帰ってきた。二日酔いかと思ったが、いや、もう十日酔いとでも言った方が良いかも知れない、しかし、どうやら風邪っぽい。頭が痛くて少しだが熱もある。でもビールはのむ。前にも言ったように僕は三鷹市ビール委員会会長なのだ。(嘘)ケータリングさんに貰った風邪薬だってビールで飲む。
 頭がぽやーんとしている。
 ぽやーんとついでにここのところひどくご無沙汰な気がして大変申し訳ない気がしてパソコンに向かってみたりしてみたりしている。酷く読み辛いものになるだろうけれど許して下さい。半分は確信犯的なつもりですので、そこんとこよろしくです。だって風邪引いて酔っぱらってんだもん。どう仕様もなく使えない文章になるかも知れない。そもそもこれは文章と呼べる代物ではないかも知れない、しまり(まねーじゃ)に一喝されてボツになるかも知れない。それはそれで良い。梅雨になると雨が降る、たくさんたくさん降る。川には水が溢れ、色々なものを海へと運んで行く。大きな枯れ木だとか、自転車だとか、自動車のタイヤだとか、どうしてかは解らないけれど、みんなとても物悲しくみえる。特によく目にしたのは、何故かサッカーボールとか野球のバットとかボールとか。たぶん水に浮くからだろうか?それとももう、ボールもバットも、蹴られたり打ったり打たれたりするのにうんざりして、氾濫した川に身投げしたのか、とにかくとてもそれらはほかのどんなものよりも悲しく見えた。僕は大きな川の傍に育ったのでよくそんな風景を眺めに行ったりしたりした。カフェオレの様な色をした大きな水のスピードとうねりは、まだ小さく危うい存在の年頃の僕にとって、とても圧倒的で絶望的だった。僕は何故か、本当に何故だか分かんないが、そんな川を眺めたりするのがとても好きだった。ひどい時には車が流れていた時だってあった。橋の手前のカーブを曲がりきれずそのまま橋の欄干を突き破り橋げたにぶつかって流れ、たしか二人の人間が死んだ。車が橋げたにぶつかるときの音はとても大きな音だった。僕はその時2kmくらい離れた野球場で野球をしていた。それなのに皆がびっくりするような音だった。皆で黄色いクレーンがひしゃげた車を引き上げる所を堤防の上から眺めた。
 これはそんな流れる文字の羅列。とくに何の意味も無い。


 『若い頃』

 誰にでもであるであろうけれど、”僕にだって”それはあった。
 誰かに激しく恋をしてみたりしたり、誰かを激しく嫌ってみたりしたり、何の理由かはもう忘れてしまったけれど物凄く傷付いたりもした。誰かに思いきり顔を蹴りあげられたりもした。前歯が全て無くなった気がした。が、無事だった。生卵をジョッキいっぱいに入れてイッキしたこともあった。本当に今では信じられないけれど、70人の飲み会の幹事をやったこともある。そのせいでトイレ掃除から救急車にも乗せられたりもした。個人的にも乗せられたりした。 朝、みどり(母)がベットの傍に座っていた。自分がか弱い囚人のように情けなかった。新宿に2畳半の部屋に住んでいたこともあった。せまかった。家賃3万円の部屋にも住んでいた事があった。風呂が無かった。彼女に放り出され1週間車の中で寝泊まりした事もあった。酷く寒い季節だったので、骨が歪みそうになった。夜中に幽霊が最高5人(本格的には5体とでもいうのか?)部屋に入ってきた事もあった。恐かった。ベランダでケータイ電話をかけていたら、道路を歩いていた知らないおばさんにしゃがみ込んで拝まれたりした。恐らく何かが僕の後ろに見えたのだろう。”当てぶり”の仕事や”有名”アーティストの PVに出さしてもらったりした。アダルトビデオにだって出演した(僕がドラムを叩く前で裸の女が踊りを踊った)。結構良いお金になった。バイクで遠くに寝袋もって勝手に知らない家庭の別荘の軒下でよく夜を明かした。何度か浮浪者と間違えられた。実際飲み屋の店先で入店を断られる事もあった。真夜中真冬の軽井沢で勝手に寝静まった旅館にこっそり忍び込み露天風呂にはいったこともある。旅館の人間に見つかって真っ裸で逃げた。髪の毛が白く凍っていた。死ぬかと思った。昭和通りで止まっていたタクシーに思いきりバイクで追突したこともあった。追突という事だからもちろん車の後ろに衝突したのだが、僕の体は 宙を舞い車の前方に転がり落ちた。死ぬかと思った。なんだかわかんないが取り敢えずタクシーの運ちゃんを怒鳴りつけてみたけれど、誰がどう見ても僕が悪 かった。郵便ポストにぶつかる方がまだましだった。死なないだけましだった。渋谷のクアトロの控え室で椎名林檎に会った。最初誰だか解らなかった。あとになってもっとちゃんと見ておけば良かったと後悔した。そのころ六畳一間に猫2匹、モルモット1匹、ハムスター2匹、ウサギが1匹僕とその頃付き合っていたホモサピエンスの女性と暮していた。よくモルモットやハムスターが猫の餌にならなかったと今思うと感心する。しかし、その当時の僕の部屋は客のこない動物園のように、いや、実際その通りだ、だれも僕の”しつけ”を誉めてはくれないし、手を叩いてくれたり写真をとるような人間も居なかった。
 
 こうしてづらづら書いてみると、意外と実際結構面白い人生のように思える。まだまだある。のび太君家の引き出しを開ければタイムマシーンがあるように、僕の引き出しも捨てたもんじゃない。基本的には玄関マットかトイレットペーパーのような人生だけれど、二枚重ねで花柄の模様がありミシン目が入った 少し贅沢な過去がある。(実際そんなもの使った事は無いけれど)まだまだこんなもんじゃあない。ここではとても書く事の出来ないイケナイ事もいっぱいしたし、実は今思えば結構悪くなかったってことがいっぱいある。まあ楽しかった事なんて他人からしてみれば全然つまんない事で終わってしまう事の方が多いので、あえて此所では書かないけれど、実は。在る。まあいいや。
 んーと、分かった。正直に言う。僕は最近疲れている。泥のように。底なし沼のように。
 えーと、おいら、結構おもしろいと思う。自分の事務所のホームページでこんなこと書く奴はなかなかいない。だって仕様が無い、本当に疲れている。でも、それは誰のせいでもない。僕自身の問題なのだ。仕事だって全然忙しい訳ではない、環境は幸せと言うしかない。ただ自分にうんざりする事が最近多いのだ。もうすぐ29になる。うんざりだ。ドラムが下手だ。うんざりだ。おなかも出てきた、うんざりだ。
 『若い頃』素敵な言葉。僕のそれは決してタフでハードとは言えないにしてもそれなりに面白かった。
 
 追伸、
 これ、アップされるのだろうか?



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