6回目 「ぴかぴか光るマッチ箱。」

 
 昨夜、掃除をしていたら一個の空になったマッチ箱が出てきました。喫茶店でくれたマッチですが、わりとしっかりとした黒い箱に白い文字でお店の名前が書いてある極めてスタンダードなマッチなのですが、これには素敵な思い出があり、手にとるとなんだかふっと心が温かくなったような気がしました。「このくそ暑いのに、何がかなしくて更に温かいおもいなどをしなければいけないのだ」とかおもう方は今直ぐに読むのをやめるか、冷房を最強に調節するとかして下さい。
 それはもう随分と前の話で、まだ寒くって雪がちらついていた季節の話です。
 これは、前置きとしてですが、人間には習慣だとか癖と言うか、気が付いたら、こんなことばっかりやってる。みたいなものが沢山あると思います。僕自身もそんな習慣のようなものが沢山ある方だと思います。その中から今、2つだけ取り上げさせて頂くと、
『旅先の空き時間は一人でコーヒーを飲みに出かける』
僕はそもそも、ここで特筆するほどコーヒーが好きなわけではなく、まあ美味しいに越したことはないが、くろくて、コーヒーカップに注がれていれば、インスタントだろうが、コーヒーメーカーを使おうが、最近あまり見かけないが、あの下から上に下から上にコポコポする奴だろうがなんだってよいのです。ただ見知らぬ街の見知らぬコーヒー屋さんの隅っこで、一人『だばだ〜』と格好良くコーヒーを啜るのが好きなだけの、なんちゃっての域を出ないコーヒー愛好家なのです。それともう一つ。
『煙草に火を付ける時は(出来るだけ)マッチを用いる』
これもそんなにたいしたこだわりでもなく、百円ライターはよく無くしてしまうでしょ。百円硬貨は滅多に無くすこと無いくせに、百円ライターはよく無くす。こーゆーのって凄く変な気がしてしまうからです。もちろん”コーヒーと煙草とマッチ”という組み合わせが『だばだ〜』な雰囲気を更に演出してくれるから。ただ格好つけたいだけ。でもね、この組み合わせがもしも”牛乳と煙草とマッチ”ではかなりの落差がある。よーな気がする。
 前置きだけでえらく長くなってしまいました。ごめんなさい。そろそろ本題に入ります。
 
 その日も本番前の午前中ぷらっとホテルを出てコーヒー屋さんを探して歩いていました。すこし行くと交差点の向かいに、ベ○ーチェが見えました。看板には「150円で美味しいコーヒーが飲めます」とかいてあった。多少『だばだ〜』な雰囲気が薄れてしまいますが、酷く寒かったのもあり、まあ良いかと思い信号を待っていると、よく見るとべ○ーチェの隣に、レンガ造りの建物に良い感じに蔦かずらがはっていて、いかにも『だばだ〜』なコーヒー屋さんがありました。ここはやはり”違いの解る男”トシキくんとしては、ベ○ーチェではなく、隣のいい感じなお店に入ることにしました。
 カウンターと二つくらいの席のあるお店で、内装は決してお洒落ではなく、古びてはいたが、てよく手入れがされていて一発で気に入ってしまいました。どうも僕は一人のときはお洒落なお店に入ると、自分が酷くみすぼらしく見えてしまい苦手なのです。注文をとりにきてくれたウエートレスの女性は若くは無いが、とても清潔な身なりで清潔な笑顔で受け答えしてくれました。ときに女の人の笑顔と言うものはそれだけで気持ちのいい気分にさせてくれる。その彼女の笑顔はまるで草原を吹き抜ける爽やかな風のようでした。注文を待つ間、ぼくは文庫本を取り出して読んでいました。するとその女性がやってきて、さりげなくテーブルのうえの明かりを明るく調節してくだいました。「なんと、パーフェクトなお店!」と感激した僕はコーヒーをおかわりし、2時間近くお邪魔させて頂きました。
 そしてお会計をすまし席から立ち上がると、いかにも寡黙なマスターがカウンター越しに小さく頭を下げ「有難うございました」と言ってくれました。『これまた、パーフェクトな男前ぶり』で、さらに気持ち良くなり、ぼくはこの素敵なおお店にまた機会があればお邪魔させて頂こうと思い、しるしにウエートレスの女性に頼み、「マッチかなにかあったら頂けますでしょうか?」と訪ねた。すると彼女は「はいはい、喜んで」と言い、レジの下からティッシュ箱程もある箱に入ったえらい沢山のマッチを僕に差し出しました。彼女は『最後の最後になんの冗談か?』と混乱した僕の表情を察したのか、「好きなだけもって行かれて下さい。今月でお店を閉めることになったんです」と少しだけだが淋しいそうな笑顔をみせた。そのとき入り口の隣にあったベ○ーチェの看板が脳裏に浮かんだ。しかしそのときの彼女の表情がまた良かった。本当によかった。
 僕は遠慮なく出来るだけ沢山のマッチをポケットに突っ込み、もう一度マスターとウエートレスの女性に有難うと言い店を出た。多少自分勝手に過剰美化した部分もあるかもしれないが、お店を出て太陽の光に照らされたとき、少しだけ涙がでそうになった。しかし、その時の僕の気持ちは決して淋しいものではなく、眩しいばかりのお店の最後に少しだけだが関われた喜びのような気持ちでした。
 僕の目の前には『150円で美味しいコーヒーがのめます。』と書かれたベ○ーチェの看板がありました。まだ集合の時間には少し時間があったのでベ○ーチェにも入って、コーヒーを一杯だけ頂いた。大切なものを失ってしまった気がしたが、その時、確かに150円で美味しいコーヒーが飲むことが出来た。


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