3回目 少年H (日出光)
 僕の父、日出光が先日還暦を迎えた。
そもそも還暦というものが何なのかよく分からないのだけれど、5度目の年男で、なんだか区切りが良くて、きっととてもめでたい事で、祝福するべき出来事なのだと思います。きっと『傍観者』さんにでも聞いてみれば、彼はお利口さんなので
「還暦。其レハ陰暦デ、六十年タツト生マレタ時ノ干支ニ再ビ還ルコトカラ、ソウ言ウノデハナイデスカ。又、本卦リトモ言ウノデハ?」
とか、文章で彼の喋り方を真似しようとしてみたけれど、無理ね。まるで外人さんみたいになってしまった。しかも良く解らない。

 
 とにかく実家に帰り家族皆で日出光を祝ってあげたかったのだけれど、残念な事に僕は大阪にいて、ホテルからの電話で祝うのみで、そのイベントの全てを 姉の光子に委任することになってしまった。
 ところで、還暦というイベントを祝福するにあたって、最も欠かせないのが、例の”赤いあれ”である。真っ赤なちゃんちゃんこと、赤ピーマンの上部を切り取った様な、いったいどう呼んで良いのか解らないあの帽子である。
 僕だけかも知れないけれど、世の中には沢山の贈り物があるが、この”赤いあれ”ほど、贈った方も貰ったほうも微妙な気持ちになる贈り物は無いと思う。贈った家族の心の中は
「頼むからその格好で近所を出歩かないでくれ」
と一様に思うだろうし、一方、贈られた父も
「お前等、似合う似合うなどと俺をハヤシたてているが、本当にそう思っているのか?この格好でもしもスペインの闘牛場に迷い込んだら、一晩中巨大な牛に追いかけ回されて、良い笑い者になってしまうではないか」
とか、そんな訳の解らない心配をしてしまいそうである。(しないか。)
まあとにかく、下手をすれば、即『お父さんの形見です』になりかねない。
 どうでもいい方向に話が進んでしまいました。どうも僕は、疑り深い性格なので、善からぬ想像をしてしまいました。ごめんなさい。きっと”赤いあれ”も健やかな一般的な家庭ではちゃんと還暦のイベントの中で燦然と光り輝くアイテムとして活躍するのでしょう。


 後日、姉からメールが届き、一枚の写真が貼付されていました。そこにはちゃんちゃんこではなくて、赤いベストを着た父の写真でした。姉は、僕の善からぬ想像を事前に察知したのか、ちゃんちゃんこやピーマンではなく、赤いベストを父にプレゼントしたようです。赤いベストもなかなか着用する機会も無い様な気も致しますが、逃げ道としてはいい線をついていると思いました。偉いぞ光子。
 その写真は安ものの古いデジカメで、悲しい程に雑然とした実家の台所を背景にして撮った、いかにも素人らしい写真なのだが、何処か心に訴えかける何かがありました。真の中に立つ日出光は、両手を腰のベルトの辺に置いて、いかにも
『えっへん。』という風な格好なのだが、笑うでもなく、不機嫌そうでも無く、かといってハニカム訳でもなく、無表情な顔つきでレンズの奥を見つめていました。その日出光の無表情は、なんだかとても不思議と可愛らしく、まるで小学校の入学式の朝に、玄関先で嫌々撮られた記念写真の中にいる少年の様でした。僕の心を打ったものは、還暦を過ぎてもそんな表情が出来る日出光を、少し羨まし思ったからなのだろう。
若いぞ日出光。


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