アイコン 2010 12.27 彼らはいかにしてブラザーになったのか
Dezille Brothersを形成する、椎名純平を中心とした5人。気の置けないブラザー関係がいよいよ温もりを帯びている昨今ですが、果たして発起人たる純平は、どのように彼らをバンドメンバーに引き込んでいったのでしょうか。その点を掘り下げて、椎名純平に迫ってみました。(インタビュー:小野田雄)

――2000年のソロ・デビュー以来、純平さんはヒップホップ、R&Bを通過したソウル・ミュージックをポップな形で日本のリスナーに伝えるべく活動してきましたよね。

「そうですね。簡単に言ってしまえば、僕はディアンジェロやエリカ・バドゥのようなR&Bやヒップホップ、そのサンプリング・ソースから古い音楽を掘っていった世代なんですよ。そうやって過去の音楽を掘り下げていくなかで、個人的にはマーヴィン・ゲイやロイ・エアーズなんかと出会って、生音のファンクを感じさせる音楽に方向性が定まったんです。そして、僕が活動を始めた頃というのはセッションで名を上げる新しい世代のミュージシャンが出てくるようになった時期なんですけど、自分にとってはセッションでなんとなく作り上げていく音楽がぴんとこなかった。そこで自分が考えるプラス・アルファの部分を追求していく時に1回1回メンバーが変わってしまうと、音楽も微妙に変わってしまうので、2000年のデビュー当初から、ソウルクエリアンズ(ザ・ルーツ『Things Fall Apart』やディアンジェロ『Voodoo』、エリカ・バドゥ『Mama's Gun』などを手がけたミュージシャン集団)のようにセッションと制作に対応出来るEvil Vibrationsという固定のバンドと一緒に活動していたんですね。ただ、メンバーのスケジュール調整が難しくなって、バンドが自然消滅したこともあって、2008年にメンバーを一新した椎名純平 & The Soul Forceでの活動に移行したんです」

――The Soul Forceのメンバーはどのように集まったんですか?

「集まった4人は全員顔見知りだったんですけど、SUPER BUTTER DOGやマボロシなんかで活動してきたギターのタケちゃん(竹内朋康)をはじめ、4人ともブラック・ミュージック好きやセッション・ミュージシャンの間ではよく知られているプレイヤーなんですね。そんなメンバーなので、それそれの活動で忙しかったりもするんですけど、メンバーを集めるにあたっては後先のことを考えず、一番いいプレイヤーにお願いしようと思ったんです。そして、ドラマーの白根(佳尚)を皮切りに、一人一人口説いていって、一番最後は7、8年前から顔見知りだった(キーボード奏者、プロデューサーの)SWING-O先輩ですね。2010年春に彼が加入して今の5人体制になったんです」

――そして、2年の活動を経て、椎名純平 & The Soul Forceは、メンバーはそのままに今回のファースト・アルバムをリリースするタイミングで、Dezille Brothersという新しいバンドへと生まれ変わりましたよね。

「今回のファースト・アルバムを作るにあたっては、SWING-Oさんがプロデューサーということになっているんですけど、メンバーそれぞれにプロデュース能力があるし、これまで演ってきた楽曲を愛してくれて、アレンジするにあたっては僕があれこれ言う以前にそれぞれ組み上げてくれるので、僕のソロということじゃなくてもいいかなって思ったんですよ。だから、この2年の活動を通じて密になっていったメンバーの関係性が、今回のアルバム制作のタイミングで自然にバンドへ発展していった感じですね。だから、レコーディングはいい意味での気楽さがありましたね。僕個人としては、全てのパートをきっちり見渡しながら作業を進めていきたいっていう欲求もあるんですけど、Dezille Brothersというバンドになったことで、歌や歌詞にフォーカスしながら、その場その場のムードを作り上げていく立場に立てたことは音楽を作るうえで大きなプラスになっていると思いますね」